真夜中の雨

 激しい雨が屋根を叩く音がして、カーヴェは目を覚ました。
 ほろ酔いでベッドに倒れ込んだところまでは覚えているが、そのまま寝入っていたらしい。開け放たれたままのドアからは、まだ帰宅していない同居人のために灯しておいたランプの明かりが差し込んでいる。
 一体今は何時だろうか。雨の降る音以外に聞こえる音はなく、家の中にカーヴェ以外の気配は感じられなかった。
 中途半端な時間に眠ったせいで頭がぼうっとしていた。同居人は帰って来ていないようだし、ランプを消して眠気に任せて再び寝てしまおう。
 ランプに手をかけたと同時に慌ただしく玄関のドアが開く。
 帰宅した同居人は上から下までしとどに濡れ、全身から水滴を滴らせていた。
「見事に降られたな」
 返事の代わりにアルハイゼンはくしゃみで答えた。
「降り始めてから暫く走ったが、途中で諦めた」
「だろうな」
 会話がかき消されそうなほどに一際雨音が大きくなり、カーヴェとアルハイゼンは同時に天井を見上げた。
……雨漏りしないよな?」
……建築は君の方が詳しいだろう」
 アルハイゼンはまたくしゃみをした。
「君は屁理屈をこねていないで早く着替えろ」
「言われなくても」
 そう言ってアルハイゼンは自室へと消えた。雨はまだ激しく降り続いている。
 カーヴェが戸締りをしてアルハイゼンの部屋のドアを開けると、既にアルハイゼンは着替えを終えてベッドに入るところだった。
 隣に身体を割り込ませると、案の定睨まれた。
「何で君まで入ってくる?」
「身体が濡れていて寒いだろうから、今夜の君には添い寝が必要だと思っただけだ」
「必要ない。狭いから出て行ってくれ」
「じゃあこうすればいい」
 アルハイゼンの背中にぴったりと抱きつくようにすると、アルハイゼンはため息をついてから体の向きを変えてカーヴェの胸に額を押し付けた。
 冷えた肌を感じてぞわりと背中が粟立つ。
「これがいい」
 撫でた髪は濡れてひどく冷たかった。平気だなどとよく言えたものだ。
「おやすみ」
 カーヴェがそう言うと、ざっと音を立てて雨粒が窓ガラスを叩いた。アルハイゼンは身動きしてカーヴェの顔を見上げる。
……雨音がうるさい。何とかしてくれ」
 駄々をこねる子供のような言い方に笑みが浮かぶ。頭を撫で続けていると、アルハイゼンはカーヴェの体を抱き寄せて囁いた。
「そういえば、知ってるか?」
「何が?」
「裸で抱き合うと温かいらしい」
……凍死の心配はなさそうだから安心して寝てくれ」
 アルハイゼンは短く笑い、カーヴェの胸に顔を埋めた。
 それきり、カーヴェの腕の中のアルハイゼンは穏やかな呼吸を繰り返していた。この様子ならばいずれ彼も眠れるだろう。カーヴェは目を閉じる。
 眠気はすぐに訪れた。激しい雨音すら無視してカーヴェは眠りに落ちていく。
「君の」
 アルハイゼンの声にカーヴェの意識がまどろみから引き戻される。
……心臓の音は落ち着く」
 うん、と答えたつもりだが、上手く声にならなかったような気がする。
「まだ眠らないでくれ」
 懇願に近いアルハイゼンの声が聞こえる。けれど、カーヴェを起こす気のない優しい声は逆効果だ。
「カーヴェ」
 引き止めるその様は取り残されることを拒む子供のように思えて愛おしい。
 だから、カーヴェはアルハイゼンの頭をより一層抱き寄せる。
 この手が届く場所にいる間だけでも、アルハイゼンの嫌いな音が届かないように。