指先でつつかれるとそこから腐る
目を覚ますと、アルハイゼンがカーヴェの胸に額をつけて寝息を立てていた。
身じろぎをすると腰に回されたアルハイゼンの腕を感じて、なるほど先程の困った夢はこのせいかと腕の中の恋人を睨む。
それにしても、なんて夢を見ているんだ、僕は。
目を閉じて息を吐く。先程の夢の情景がありありと思い出される。
その内容を一言で表せば、アルハイゼンと情を交わしていた。それはそれは情熱的に。
カーヴェの身体にアルハイゼンの知らないところなどないのだと証明するように翻弄し、熱のこもった眼差しで見つめられた。
これはいけない。目を閉じているとうっかりまた夢の続きを見てしまいそうで、自制心を発揮してカーヴェは大きなため息をついてから目を開けた。
「おはよう」
アルハイゼンが半分しか開いていない目で囁く。書記官殿の姿からは想像もつかない、おそらく本人さえも知らないこの姿は当分カーヴェだけのものだ。
「……起こしたか?」
「いや……ところで、君が朝から機嫌が悪いのはなぜだ?」
眉間に皺でも寄っていたのだろうか。
「……夢に君が出て来た。途中で目が覚めてしまって、それで少し混乱していただけだ」
「なるほど。……聞いた話だが。夢の中で感情が昂ると目が覚めてしまうものらしい。怒ったり楽しかったり、興奮状態になるということだろう。いいところで夢から覚めてしまうのにはそういった理由があるらしい」
寝起きだというのにこうも口が回るものだろうか、この男は。感心すれば良いのか呆れればいいのかわからない。
アルハイゼンは表情を変えずに尋ねる。
「興奮したのか?」
「していない!」
「どうして怒る? 俺は感情が昂るような夢を見たのかと尋ねただけだ。……だが」
アルハイゼンの脚がカーヴェのそれに絡められる。すり、と触れ合った素足がくすぐったい。
「そんなに良い夢だったのか?」
「どうしてそんなことが君にわかる」
「顔が赤い」
「えっ」
さらりと撫でられたせいで頬が熱を帯びた気がする。もう居た堪れなくて、アルハイゼンの顔など見られない。
身をよじろうとしても腰を抱き寄せられて動けない。アルハイゼンに密着した部分が朝特有の生理現象を訴えているというのに、そんなことにもお構いなしだ。
「夢の中の俺は君にどう触れた? 教えてくれないか」
空いた手がカーヴェの胸元をするすると撫でていく。衣服越しに乳首を掠め、さすがに抗議の声を上げた。
「こらやめろ! まだ朝なんだぞ!」
「時間なんて関係ないだろう、君も俺も今日は休みだ。……本当に嫌ならもう少し抵抗してみせろ。遠慮なく暴れて、俺を殴ればいい。俺は君を責めない」
「……卑怯だ……」
カーヴェはアルハイゼンの腕の中から抜け出す気が失せて、身体から力を抜いた。
しかしアルハイゼンの愛撫は止まることがなく、気を抜けばおかしな声を上げてしまうだろう。
素直に声を出すのは癪で、声が漏れないように口を手で覆った。表情を読まれたくなくて目を瞑る。
アルハイゼンはそんなカーヴェの鼻筋にキスをして、カーヴェの胸元に潜り込んだ。
鎖骨に痛みを感じてアルハイゼンに噛まれたのだと悟る。
アルハイゼンは甘噛みとキスを繰り返しカーヴェの胸に落としていく。
時折乳首を刺激されると、その度にあからさまに反応してしまうのが悔しい。元々そんなことはなかったのに、アルハイゼンがしょっちゅう触るから感覚がおかしくなってしまったに違いない。
「……っ、ふっ……んっ……」
堪えているつもりでも、どうしても息が漏れてしまうのを止められない。
アルハイゼンの手がカーヴェの太腿を何度もなぞる。けれど絶対に核心には触れてくれないのがもどかしくてたまらない。
目を開けると、アルハイゼンがこちらを見ていた。表情は冷ややかなものだが、瞳の奥には熱情が燻っている。
そんな目で見られたら、もう止まれない。最後までしてしまいたい。
「……アルハイゼン……」
これ以上は我慢ができない。懇願の声を上げる。
しかしアルハイゼンは大きく息を吐くと、カーヴェから離れベッドを抜け出た。
「さて」
そして顔だけをこちらに向けて、淡々と告げた。
「湯浴みをしてくる」
「は?」
カーヴェの衣服と情緒とあらぬところをぐしゃぐしゃにしておいて、何を言っているのかこの男は。
「ひょっとして昨夜の仕返しか!?」
「何のことやら」
去り際にしてやったりと言外に告げる一瞥を投げかけ、アルハイゼンは寝室を後にした。口元が笑っているように見えたのはカーヴェの気のせいではないだろう。
「おい……本当に、君ってやつは!」
アルハイゼンはわかっていてやっているのだ。カーヴェは彼を追いかけざるを得ない。アルハイゼンの目論見を理解して怒りが芽生える。
「……一発殴ってやる……」
アルハイゼンの誘いに乗って、文句と共に拳をくれてやって、それから、それから。
考えただけで顔から火が出そうな妄想に取り憑かれる前に、カーヴェは乱れたベッドを後にした。