君をさがして

 アルハイゼンには最近悩みが出来た。
 それは妙論派のカーヴェという先輩が足繁くアルハイゼンの元へ訪れるようになり、読書に集中出来なくなってしまったことだ。
 不思議なことに、カーヴェは彼に探す意思さえあればアルハイゼンがどこにいても見つけることが出来た。
 アルハイゼンは一介の学生である移動する度に誰かに行き先を告げることはなく、一介の学生であるがゆえにすれ違う教令員の関係者の興味を引くこともない。
 しかしどうやって居場所を突き止めているのか、一人で静かに本が読める場所へ、とふらりと赴いた場所にカーヴェは二日に一度現れた。
 カーヴェはアルハイゼンを見つけると、相手が聞いていようがいまいがお構いなしに好き勝手に語り出した。
 最近あった興味深い出来事、取り掛かっている事業の進捗のこと、腹の立つ同期のこと、アルハイゼンの成績のことなど、カーヴェの話は尽きなかった。
 無視をしてもカーヴェは懲りない。何が楽しいのか、解せないとはまさにこういう時に使うのだろう。
 最も解せないのは、アルハイゼンはいつの間にかカーヴェに、おそらく魅了されつつあるということだ。
 だからといってそれはそれ、これはこれだ。いかんせん会う頻度が高すぎるし、纏わりつかれるのは性に合わない。
 カーヴェが来るかもしれないと考えると読書に集中出来ない。ならば絶対に見つからない場所で読書をすればいい。
 ここならば見つからないだろう、そう考えて隠れ場所に選んだのは、とある民家の裏にある木箱の陰だ。
 子供の遊びのようだが、やむを得ない。
 時折姿勢を変えながらの読書にいそしむこと数時間、とうとう日が傾いてきたのを感じて本を閉じる。
 今日、カーヴェは来なかった。いや、見つけられなかったのだろうか。
 二日に一度現れるカーヴェのことだ、明日はあっさりと新しい隠れ場所を看破してしまうかもしれない。
 ところが翌日もカーヴェは現れず、そのまま三日、四日と何事もなく時は過ぎた。
 五日目の講義が休講になり、アルハイゼンは知恵の殿堂で自習をしていたが、やはりカーヴェは姿を現さなかった。
 アルハイゼンはこの数日の間姿が見えなかったのだから、てっきり探し回っていると予想していたのだが。
 一週間が過ぎた頃、アルハイゼンは教令院にいた妙論派の学生を捕まえて尋ねた。
「カーヴェ先輩を知らないか?」
 妙論派の学生は声をかけてきたのが知論派のアルハイゼンだと認めるや否や驚いた顔をしたが、質問には答えてくれた。
「知らないのか? あの人実習中に女子学生を庇って怪我したんだよ」


 妙論派の学生から追加で情報を聞き出したアルハイゼンは、カーヴェが暮らす寮の部屋の前に立っていた。
 ノックを三回。どうぞ、と聞き慣れた声がした。
「入るぞ」
 ドアを開けると、ベッドに膝を立てて座っていたカーヴェがぱっと顔を上げた。
「アルハイゼン。よくここがわかったな」
「怪我は」
「足首にひびが入った。でももう歩けるから平気さ」
 そう言ってカーヴェは膝を立てた左足の足首をさりげなく枕で隠した。
 隠された左足首を注視していると、カーヴェは「見ない方がいい」と忠告した。
 無言で歩み寄り枕を取り上げると、巻きかけの包帯の下に広範囲に渡って紫の痣が見えた。
「添え木でこうなった。酷いのは本当に見た目だけだから、そんなに心配しなくていい」
 カーヴェは絶句しているアルハイゼンを横に座らせ、慰めなのか頭を撫でた。
「……先輩が怪我をするのは珍しい」
「言っとくが僕が失敗してこうなったわけじゃないからな。まあこの程度で済んでよかったと思えば、」
「他の学生を庇って怪我したんだろ。知ってる」
 その場にいなかったアルハイゼンがとやかく言っても詮無いことだが、結果としてカーヴェだけが損をした形になったことに複雑な感情を抱かざるを得ない。
 怪我の程度だってそうだ。今回はたまたま回復する怪我だったというだけで、万が一歩けなくなるような怪我だったら。命に関わるようなことになっていたら。
 アルハイゼンの沈黙を怒りだと解釈したらしく、カーヴェはアルハイゼンの肩を抱いた。
「……心配かけて悪かった」
「……うん。無茶はやめた方がいい」
 どこまでわかっているのか甚だ疑問だが、アルハイゼンの存在が少しは歯止めになればいいと思った。
「それと先輩。もう俺を探さないでくれ」
 カーヴェが息を呑む気配がした。きっと傷ついた顔をしているに違いない。
 そんな顔は見たくなくて、アルハイゼンはそっぽを向いた。
「たまには俺から会いに行く。先輩は怪我人だから道中何かあっても困る。……そっちが会いに来るなら、せめてもう少し頻度を減らしてくれないか」
 カーヴェが声を上げて笑った。
「注文が多いな! まあ、君が来てくれるなら飲んでもいいかな」
「あと、俺はもう逃げたりしない」
「おいおい、まるで今まで逃げたことがあるような口ぶりだな。まあ、君がどこに行ったって僕は見つけてみせるさ」
 自信たっぷりにカーヴェは笑みを浮かべる。
 ふと、心に疑問が浮かぶ。ぶつけるなら今だろう。
「先輩はどうして俺の居場所がわかるんだ?」
「知りたいか?」
 ふふ、と意味ありげに笑うカーヴェの笑顔は、贔屓目に見ても美しかった。
「言うわけないだろ」
 虜、という言葉が脳裏に浮かび、アルハイゼンは打ち消すように再びそっぽを向いた。